日本在住の外国人のほとんどは何回も言われたことがあるだろう。本気で言っているのではなくて、ただ緊張を解きほぐすために言っている時もあるだろう。外国人と話すのは日本人を緊張させるのだ。会話を始める前に「何を話したらいいだろうか??」「この人は日本には慣れてなさそうだ。」このような考えで頭がいっぱいになっているに違いない。
しかし、これは特に日本人と外国人の会話ということに限らない。例えば、英語圏では会話のスタートとして、天気の話、またはスポーツについてよく話す。その代わりとして外国人との会話で「日本語お上手ですね。」というスタートでもいいだろう。ただ、私が面白いと思うのは「日本語お上手ですね。」というコメントは日本語が上手になればなるほどあまり言われない。日本に来たばかりのカタコトしか言えない外国人はよく言われるが、日本や日本語に慣れている外国人はほとんど言われない。はっきり言うと、そう言われなければ自分は「やっと、日本語ができるようになった。」と実感できる。
同じく、「箸は使えますか。」ともよく言われる。その時、大体において私はその人の目の前で箸を使って食事をしている。これらのコメントや質問はよく、外国人をイライラさせる。いかにもステレオタイプの「外国人」というイメージにつながるために、快く思わない外国人もいる。
では、どうやって外国人と会話すればいいのか。「うーん、何を言えばいいか。」と思ったら、どう話せばいいのだろうか。
日本在住の外国人は社会の中で「疎外感」を感じることが多く、「日本語、お上手ですね。」「箸が使えますか。」のような会話はその気持ちをより強くする。なぜならこのような質問をされればされるほど、自分が日本人社会の中で異質であることがはっきりするからだ。当たり前であるが、日本人同士の会話ではまず、このような質問は出てこない。この気持ちを理解している日本人は多分少ないだろう。では、相手が外国人ということは忘れてそれ以外の話題から始めてみるのはどうだろう。難しく考える必要はない。例えば、「雨が全然やみませんね。」「駅前の渋滞は疲れますね。」「どこの餃子屋が一番おいしいですか。」など。
日本の「おもてなし」は今や世界でもよく知られている。外国人に心よりの「おもてなし」をし、日本の印象をよりよいものにしてもらいたい、という気持ちが日本人の心の中にはある。そして、その心よりの「おもてなし」を受けたいい思い出を外国人に持っていて欲しい。そして私も例外ではなく、外国人として素晴らしい数々の「おもてなし」を日本人からしてもらった経験があり、そのことは良い思い出として私の記憶に残っているのは間違いない。しかし、それとはまた違った「おもてなし」を受けたことがある。それは10年以上前のことだったか、私は駅前であるおばあさんに道を聞かれた。私はもちろん日本語でおばあさんに道を教えてあげた。私は背が高く、金髪で目が青い。外見が日本人にとっていかにもステレオタイプの白人である。しかし、そのおばあさんはそのことは別に気にしていないようだった。特別ではなくて普通に扱ってくれること、その事が私にとってどんなに嬉しい「おもてなし」だったか。
外国人と話すときに異質性を拡大するより、「違い」を無視して外国人に声を掛けたり会話をしてみることをお勧めする。きっと彼らに非常にいい印象を与えるに違いない
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